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【書籍紹介】慢性疼痛の全人的医療

1992年に出版された『慢性疼痛 治療へのアプローチ』から、永田勝太郎先生の文章を一部引用してご紹介します。

(以下引用文)

 

医療への不信感および心身交互作用の形成

 また、いかなる疼痛も初めはすべて急性から始まると考えてよいだろう。それが何らかの機転により、慢性化してしまったものが慢性疼痛である。

 患者は、そのプロセスの中で、多くのドクターショッピングを繰り返し、それでも治癒しない自分の疼痛に対して怒りの感情を持つようになってゆき、ついには「医療不信」に陥っていくことすら珍しくない。否、むしろ多くの慢性疼痛患者は基本的に医療不信を根底に有していると考えてアプローチしたほうがよい。

 そうした種々の悪化した状況の結果、慢性疼痛患者では、さまざまな心理・社会的な反応が発生し、心身交互作用(悪循環)が形成され、それがむしろ前面に出てしまうことすら多いと言えよう。

(中略)

 その解決に当たってわれわれ医療者は、従来の医療方法論単独では、慢性疼痛患者の抱える問題を解決することは困難であることを、まず充分に認識したうえで、患者にアプローチしてゆかねばならない。

 

身体・心理・社会・実存医療モデルの導入

 こうした複雑な問題の分析、また解決に当たっては、全人的医療モデル、すなわち身体・心理・社会・実存医療モデルの導入が必須である。

 この視点から見ると、慢性疼痛患者は、身体的にも、心理的にも、社会的にも、かつ実存的にも多くの問題を抱えている。

 まず身体的には、疼痛局所から、全身的に至るさまざまな機能的・器質的病態を有し、心理的にはさまざまな心理的反応を発生させ、社会的には行動を制限され、挙句の果てには、絶望感にすら陥り、その結果彼らのQOLは大きく低下していってしまう。

 

慢性疼痛患者への全人的アプローチ

 われわれはこうした複雑な問題の解決に際し、現代医学の知恵をベースにしながらも、その方法論上の問題点、適応・限界を明確にし、それを補い完全なものにするため、他の医学的方法論、具体的には伝統的東洋医学的アプローチないし、心身医学的アプローチを取り入れて問題解決に努める試みをしている。

 なぜなら現代医学は器質的疾患の問題解決にはたいへん有用であるが、機能的疾患、また心身が複雑に相関して発症した病態にはいくつもの弱点があるからである。

 ところが、一方、伝統的東洋医学的アプローチは、機能的疾患の診断・治療に大きな力を発し、心身医学的アプローチは、患者の固有な身体・心理・社会・実存的問題相互のインターアクションの理解・問題解決に有用であるからである。

 われわれはこうしたアプローチを慢性疼痛患者への全人的医療と呼んでいる。

 

 

引用元:永田勝太郎.  "慢性疼痛発症の要因". 慢性疼痛. 村山良介・猪俣賢一郎・永田勝太郎 編集. 医歯薬出版. 1992. p.65-67