
1970年代から1990年代にかけて、医療モデルがどう変遷していったのかを永田勝太郎先生が著作の中で述べておられます。
1997年に出版された永田先生の著書『こころを癒し からだを癒す 全人的医療の知恵』から、一部を抜粋してご紹介します。
身体・心理・社会・実存的視点を踏まえた生命への畏敬
「QOLを満足するような医療を展開していくためには、まず患者の全人的な理解をどうするかということを明確にしなくてはならない。
ニューヨーク大学のステイシー・デイ教授は、1977年に全人的な健康について身体的・心理的・社会的健康という表現を提唱し、それについての国際機構を結成した。その後間もなく、ロチェスター大学のエンゲル教授はこの表現を、身体疾患一般にも汎用できる医療モデルに展開した。
こうしてシステム化された医療モデルは、屍体や実験動物をモデルとした医科学から、まさに今、ここで生きている人間のための医療への展開を象徴してはいるが、しかし、まだこれだけでは、実験動物と人間との相違が明瞭とは言えない。
特に、近年問題となっている限界状況やターミナル・ケアなどに際しては、人間として生きることの意味を踏まえた実存的かつ人間学的心理学に基づくアプローチが必要となってくる。
すでに述べたように、近年、米国を中心に展開してきたバイオエシックス(生命倫理)の基本的な考え方は、一般に患者側の権利、医療側の義務を主張するものと解されがちであるが、その最大の重要点は『生命への畏敬』にある。『人間は、人間であるからして、その生命は尊い』(エマニュエル・カント)という人類としての共通の合意と、人間学的心理学ないし人間の実存性を踏まえた視点を包括して、九州大学の池見酉次郎名誉教授はこの視点を、『生命倫理的』、または『サイコエコロジカル』と呼び、その全人的な医療モデルを身体・心理・社会・生命倫理的医療モデルとした。
私どもはこの生命倫理的視点の焦点をさらに明確にするため、むしろ、『実存的』と表現するほうが端的で、いっそう理解しやすいのではないかと考え、池見酉次郎先生の了解も得て、『身体・心理・社会・実存的モデル』と表現するようにしている。」
引用:『こころを癒し からだを癒す 全人的医療の知恵』永田勝太郎, 海竜社, 1997, p.31-32