· 

【書籍紹介】フランクル博士との出会い

 2013年に出版されたimago臨時増刊号『総特集 ヴィクトール・E・フランクル それでも人生にイエスと言うために』には、ヴィクトール・フランクルを巡って、名だたる著名人が寄稿しています。

 

【対談】池田香代子+姜尚中、入江杏+若松英輔、諸富祥彦+森川すいめい

【エッセイ】日野原重明/香山リカ/岸本葉子/福島智

【論考】諸富祥彦/斎藤環/永田勝太郎/山田邦男/岡本哲雄/広岡義之/アレクサンダー・バッチャニー/勝田茅生/安井猛/ 坂上和子/河原理子/若松英輔

 

その中から、1990年に42歳の永田勝太郎先生が初めてヴィクトール・フランクル先生と出会った日のエピソードをご紹介します。

(以下引用文)

 


 ウィーンでの出会い

 

 先生は、ウィーン大学の近くの学生街にある古びたアパートの二階に奥様のエリーさんとともにお住まいだった。

 タクシーから降り、恐る恐る一階の玄関のブザーを押すと、ギギギーと音を立てて、ドアが開いた。暗い建物の中に古いエレベーターがあった。二階が先生の部屋だったが。ドアまで迎えに来てくれた先生は、両手を広げ、「私に何ができるかな」と言われた。それが初めての出会いであった。先生のたたずまいは私の想像をはるかに超えていた。

 厳かではあるが、人懐こい笑みを浮かべた紳士であった。出会いの一瞬で私は先生に魅入られてしまった。

 その時から先生のお亡くなりになる日まで、先生と私の交流は続いた。

 先生の人間を見る眼は、あくまでも優しく、交わす会話は暖かく、示唆に富み、ユーモアにあふれていた。先生の存在そのものが、実存的であるように見受けられた。それは先生が亡くなられる日まで同じであった。

 

 部屋に通され、エリーさんがお茶を入れてくれた。先生は、大きなデスクの向こうに座り、私に椅子を勧めた。

「君は、何を専攻しているのかね」

「ハイ、心療内科です」

「そうか・・・、実存分析を使うことはあるのかね」

「ハイ、もちろんです」

「どのように使うのかね」

「たとえば、神経性食欲不振症です。現在は認知行動療法が主流の心理療法ですが、私はそれでは不十分と思っています」

「ほう、どうしてかね」

「人間の行動を本質的に変えるのは、本人がそこに生きる意味を感じないと不可能です。行動や習慣を変えてまで変える価値のある我が身の人生を認識し、それに向かって努力する時、初めて行動変容が起こるからです」

「詳しく話してごらん」博士は身をのり出してきた。

「ハイ、私は認知行動療法は原則しません。患者さんに、まず、食べることの意味を理解してもらいます。なぜ、食べるのか、なぜ、食べなくてはならないのか・・・。生きるために食べる、おいしく食べる・・・、食べることには二つの意味があります。前者は動物と同じですが、後者は人間だけです。団欒とは、楽しくおいしく食べることです。神経性食欲不振症の患者さんの多くが団欒を知りません。それをまず体験的に教えることから始めます。それが理解できると患者さんの状況は見る見るうちによくなります。」

「ふうン、そのやり方で成功した例があるのかね」

「もちろんです。何例もあります。しかも予後がよい。その成績に驚き、私は実存分析を本気で勉強したいと思いました。」

「ふうん、そうか・・・。ところで私も腹が減った。私たちも団欒を取りに行こう」

 と言うと先生は歩き出した。一緒に昼食を摂ろうと、アパートの裏にあるお気に入りのレストランに向かった。

 

 

引用文献:永田勝太郎. "ヴィクトール・フランクル博士の業績と人間性".  現代思想4月臨時増刊号 第41巻第4号 imago ヴィクトール・E・フランクル それでも人生にイエスと言うために. 青土社, 2013, p.181-182