御 挨 拶
第11回国際全人医療学会 大会会長
伊藤 剛
(北里大学客員教授・北里大学北里研究所病院漢方鍼灸治療センター)
約40年前、「全人的医療」という概念が、日本の心身医学を創設された池見酉次郎先生によって提示されて以来、我が国でも全人的医療の重要性が認識されはじめ、医学教育カリキュラムにおいても全人医療の必要性が明記されるようになりました。しかし現在においても、全人医療を実践する医療人を育てるための有効な具体策があるとは言えないのが実情です。『バリント療法』(池見酉次郎監修、永田勝太郎編集)の書籍の序で、池見先生は「西洋流の全人的医療に東洋伝来の全人的な人間観と東洋医学を加味することによって、東西の出会いによる真の全人的医療への展開が起こる」と述べられています。このように西洋医学的な全人的医療のみならず、東洋医学(漢方医学)の中には、全人的医療を行うための知識と経験が沢山集積されています。そこで今回の第11回国際全人医療学会のテーマは、「東西医学における全人的医療~過去、現在、そしてこれから~」とさせていただきました。「未来」とせず、「そしてこれから」としたのは、地球温暖化による環境変化、人口増加や気候変動による食糧危機、少子高齢化、覇権や民族問題に起因する戦争など、多くの問題を抱えた現在からは明るい未来が見えてきません。この事は医療においても同じで、現代の西洋医学に比較して、漢方医学においてはより深刻であり、未だに残る漢方や鍼灸に対する偏見、生薬資源の枯渇と輸出規制、生薬の薬価高騰、漢方薬の保険外し政策、中医学による世界伝統医学統一の脅威など様々な問題を抱えている日本の漢方医学において、未来は決して明るいとは言えないからです。ホモサピエンスである人類が、他の動物ともっとも異なる特徴は「共感できる」能力と言われています。一昨年に亡くなられた永田勝太郎先生のご意志を継ぐにはまだまだ私自身、力不足ではありますが、今大会では、人を理解し「共感」に基づく医療、つまり全人的医療をこれからどう築いて行くべきか、現代医学の中に漢方医学の経験知をどのように取り入れていったら良いか、そして日本の全人的医療を推進させる上で本学会が果たす役割とは何かを考える機会にできればと考えています。(2024年1月)