バリント・グループワーク 開催しました

2020年7月21日(火)に、バリント・グループワークを開催しました。

 

今回は、医師による症例報告でした。

 

毎回、多様な職種の方にお集まりいただいています。今回は、医師、薬剤師、鍼灸師、心理士、ソーシャルワーカー、音楽療法を勉強中の方、医療・福祉の仕事を目指している方などが参加されました。

 

以下に、今回の学びのいくつかを記します。


行動制御能力障害に対する条件反射制御法の適用は、妥当か?

今回は、30代男性(Aさん)の症例です。

主訴は、慢性疼痛と、それに伴う救急要請や処方薬の乱用です。

 

20代前半の頃のパニック発作を発端にして、自傷行為と処方薬乱用で精神病院の入退院を繰り返しました。

複数の施設にて問題行動を起こしては、強制退所させられ、現在もご家族の希望により、精神病院の入退院を繰り返している状況です。

その過程で生じた失敗をきっかけにして、全身の疼痛を訴えるようになりました。

 

Aさんの症例を元に「処方薬乱用・器物破損・他害を繰り返す症例に対して、条件反射制御法(行動療法)の適用は、妥当か?」という疑問が、医師によって問題提起されました。

条件反射制御法とは?

生理学者パブロフが提唱した、動物的脳(第一信号系)と、ヒト的脳(第二信号系)に分ける考え方を元にして、条件反射制御法は生み出されました。

動物的脳によって行われる条件反射が、ヒト的脳を上回って過度に働いていることが原因で、行動制御能力に問題が生じているという考えです。

 

問題行動の成功体験が動物的脳を過度に促進させてしまい、理性をつかさどるヒト的脳が負けてしまい行動制御ができないことを解決するために、問題行動の失敗体験を繰り返させて、動物的脳の条件反射を弱めることが条件反射制御法の目的です。

 

そのひとつとして例を挙げると、社会的問題行動をやめられない患者に、問題行動の擬似作業をさせる方法があります。

擬似作業を完遂する前に中断、もしくは望む結果を与えないことで、条件反射による問題行動の失敗体験を繰り返させます。

 

またその失敗体験を思い出して想像させる作業も繰り返し行って、問題行動への条件反射を弱めていきます。

 

その他に特定の制御刺激(おまじない)を覚えて定着させることで、問題行動への衝動にかられた時への対処法とするものなどもあります。

 

しかしこれらの条件反射制御法は、問題行動への欲求を完全に消せるものではなく、問題行動の抑制が確認された後であっても、これらの作業の回数を減らしつつある程度は、継続して行う必要があります。

条件反射制御法の適用対象と、その後のリハビリ活動

条件反射制御法の適用対象となる問題行動は、以下の種類があります。

 

●後天的に条件づけられた行動

飲酒、覚せい剤、処方薬乱用など

 

●幼少期の失敗体験による本能行動(生殖、摂食、防御)の過作動

①生殖の過作動:露出、痴漢、強姦、下着泥棒、窃視症(盗撮)

②摂食の過作動:摂食障害、病的窃盗、病的賭博

③防御の過作動:放火、パニック、自傷行為、他害、器物破損

 

条件反射制御法により、これらの問題行動の抑制が認められれば社会復帰へと向かっていきます。

また抑制が認められても社会経験や必要な勉学や技術が不足している場合、一例として挙げるリハビリ施設では、以下のようなサポートが行われています。

  • 社会ストレスに対する忍耐力を養う訓練
  • 就学の機会
  • 失敗を恐れず挑戦できる場(バンド活動など)
  • 就労体験(農業、花苗植え、食堂)
  • 資格取得(ブリーダー、トラクター免許など)

以上が条件反射制御法を用いた治療の一連の流れとなります。

Aさんへの条件反射制御法による治療の結果

Aさんの場合も条件反射制御法を主にした3ヶ月の入院治療により、問題行動の抑制が認められて退院しました。

 

ところが入所したリハビリ施設にて1週間で問題行動を再発し、再入院となりました。

問題行動の再発自体は、他の患者においてもよくあることであり、社会経験と再入院を繰り返させることでより、条件反射制御法による治療の効果を深めていくことは、特別なことではありません。

幼少期からの虐待や放置などのストレスが原因となっている問題行動への治療には、長期的に時間をかけて、条件反射制御法の治療作業を行う必要があるからです。

 

しかしAさんの場合、その再発した問題行動が、最初の入院以前より過剰なものでした。

まず初めに周囲の人間に強く依存し、慢性疼痛を過度に訴えました。

そしてそれがAさんの思うように受け入れてもらえないとなると、与えられた部屋で器物破損を行い、さらなる危険行為に及ぶそぶりを見せてアピールするようになりました。

また処方された薬を乱用して救急要請を行ったり、人前で「痛い、死ぬ」と繰り返して通報される騒ぎとなり、そこで救急隊に対して暴力を振るったことで警察が介入して、再入院へと至りました。

 

再入院後もパニックと慢性疼痛を大声で訴えたり、周りの椅子を壁や防弾ガラスに投げつけて暴れており、周囲の制止の声も聞き入れない状況でした。

その為、保護下での治療が必要となり、医療保護入院へと切り替えて、隔離拘束処遇となりました。

 

果たして条件反射制御法による入院治療は、失敗だったのでしょうか?

PEG(患者評価表)と分析していただいた内容

Aさんの状態をまとめたPEG(患者評価表)です。

今回は、現在と潜在する内容が混在した内容となっています。

 

 問題

 資源
身体

IQが80以下

過敏性腸症候群

身体表現性障害

DHEA-S 500

抗糖化薬、起立性低血圧対応

心理 行動制御能力の障害

好意を持った相手への積極性

社会

社会経験不足

非協力的な父親

兄の拒絶

飲食店のバイト経験

Aさんの調理した料理を好む父親

入院中に複数回届いた兄からの手紙

実存 痛みで何もできないという思い込み

音楽などのサブカルチャーな趣味

音楽関係の恩師との交流

PEGにより、問題と資源が可視化され、患者さんが抱える悩みの原因や、治療の方向性が見えてきます。

 

Aさんは、痛みの訴えと共に「自分の人生の意味を見出せないこと」を強く主張しており、高所から飛び降りるアピールを行ったこともあります。

その際にご家族がその行動を無視すると「何故助けないのか」とさらに激高しました。

 

そういった問題行動を含む生活歴に対して「自分をかまってくれない」というAさんの主張が重要なポイントであるとのご指摘をいただきました。

「いたい」という言葉は、日本人が発音しやすい言葉であり、その本質にあるのは、誰かに助けて欲しいという心からの強い主張です。

 

ご家族が、Aさんの都合の良いところだけを受け入れて、都合の悪いところは、受け入れていないことが最大の問題でした。

これまでにAさんのすべてをぶつかって受け止めてあげられる人間が、誰もいなかったことで、本来であれば成長する過程で身につけるであろう社会的ストレスへの忍耐を得られておらず、見た目の年齢と中身の年齢が乖離している状態だったのです。

 

身体的見地からは、インスリンの過剰分泌による低血糖が原因と思われるパニック発作をきっかけとし、処方された向精神薬の乱用が身体の問題を悪化させたと考えられます。

特に向精神薬は、IQを下げる副作用があるため、IQに問題が見受けられる患者への処方は、決して良いものとは、言えません。

そして痛みが体に現れたことで、心と身体の症状が複雑に絡み合った結果、「いたい」という主張がAさんから表立つようになったのです。

まとめ

条件反射制御法による治療は、動物的脳(第一信号系)を抑制する効果が認められますが、ただそれだけでは、ヒト的脳(第二信号系)へのアプローチが不足していると考えられました。

特にAさんのような場合は、ヒト的脳である大脳皮質へ働きかけるような治療が、同時に必要になります。

 

人間には、衝動性(欲望)というものがあります。

それは押さえつけたところでなくなるものではなく、どこかでそれを発散させる必要があります。

 

例えばAさんの場合であれば、取り柄である音楽などをとっかかりとして衝動性を満たし、また同時に社会的な責任感を育んでいくことが重要となります。

 

いかに人間らしい精神へとアプローチするかが、全人的医療において求められています。


 

 

以上です。 

ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。

 

次回:月15日(火)

時間:19~21時

場所:(公財)国際全人医療研究所 多目的ルーム

参加者募集中(要事前申込み)